2015年度合格者メッセージ

 

 

 

     昼間部 佐々木慧さん

 

     東京藝術大学日本画科合格

 

 

 

 

 

 

 

二次試験再現作品

立美には高1から通い始め、日本画では高3から2浪までの三年間お世話になりました。
現役の時は一次落ちで、悔しいとも思いませんでした。1浪では二次まで行って受かったらラッキーと思っていたら落ちました。しかしその年立美で二次に行った人は自分以外皆受かってしまって、その中に同い年の友達もいたので、急に焦りました。
それまでは3浪くらいして受かればいいかみたいな呑気さがあったのですが、その時絶対今年で受かりたいという強い気持ちが生まれました。

2浪目は色々と考えた一年でした。
1浪まではあまり考えずに感覚だけで描いていて、理論が身に付いていませんでした。
2浪の夏期講習でどうやって描けばいいのかかなり悩んで、理解が追いつかず苦しみましたが、悩んだ後で絵が良い方向に変わったと思います。
結局色々な謎が解けたのは試験の直前ギリギリでした。ずっと自信が無かったのですが、色々なことを理解した時、もう大丈夫と思えて、そのまま合格することができました。

一次の素描はヘルメスで、位置は一列目逆光横位置という所謂当たり席でした。くじ運が良すぎて驚き、これは落ちたら言い訳できないと思いました。形と印象を絶対に合わせて、差を大事にすることを意識しました。石膏も室内も白くて綺麗でした。逆光で見え辛く途中訳わかんなくなったりしましたが、部屋から何度も出て心を落ち着かせていました。
二次試験の課題は手と植物の構成でした。一次で石膏単体が出ていたので変化球に少し面食らいましたが、そこまで動揺はしませんでした。今まで色々描いてきたから、何でも描けると思えました。
とにかく植物の形を綺麗にとって、手は美しく自然なポーズを目指して、あとはリアルになるまで描く!と思って描きました。手は自分の手だと思うとあまり楽しくないので、誰か別の素敵な女性の手だと思って描いていました。
芸大の光は綺麗で、植物も綺麗で、その場の美しさみたいなものを描ければいいなと思いました。
終わった後はやりきった充実感がありました。

受験生はよくわからない不安に襲われて毎日が辛くなってしまいがちだと思います。
私は目標をかなり高く立て過ぎて、参考作品と自分との差に落ち込むことが多々ありました。
しかし、辛いと思って描くと全然上手くいかないので、楽しく描けるように努力すべきだと思います。
体調を整えて、飽きないように工夫して、モチーフが美しいと感じながら描けるようにするのが大事です。自分の意識次第で絵は変わります。
2浪目の1年間は、自宅で植物の線描クロッキーをしていました。昼に予備校で描く絵とはまた違って、良い気分転換になったと思います。

立美の日本画の先生方は、休みがちだった私にも丁寧に指導して下さいました。自信がなくて弱音を吐いてばかりだったのですが、先生方の励ましで気持ちを保てました。
少人数なので先生がとても親身で、私が何かうだうだ言っていても、いつでも優しく見守って下さいました。生徒が少なかった2浪目ではほぼ毎回一人一卓という贅沢な環境でした。
立美を選んだのは偶然だったのですが、ここに来て本当に良かったです。基礎科の二年と受験科の三年、合わせて五年間、ありがとうございました。
支えてくれた先生方、友人、家族に感謝します。これからも頑張って絵を描き続けたいと思います。

2013年度合格者メッセージ

昼間部 川中 瑶子   1浪 

 

東京芸術大学   日本画専攻 合格  
東北芸術工科大学 日本画専攻 合格

 

合格発表が終わったあと、ふとした団欒の中で先生方が私に「そういえば川中の作品、あまり残っていないよね」とおっしゃいました。確かに思い返すと、立美の日本画科で描けた作品で良い評価を頂けたものはあまり多く無かったと思います。

 現役生の頃、私は高校が遠くにあった事もあって、作品をしっかり完成させることをしない日々を送っていました。当然、作品は完成しないので自分のすべきことが不明瞭になり、次第にそれは私の中のクセとなって、周囲との進歩の差を克明にしていきました。私はそれに気付きながらも、日々上達していく周りを見ては『上手く描かなくてはいけない、周りよりも良い評価でないといけない』と変に観念的な思いを抱いていました。そのまま月日が流れて入試を迎え、結果は一次落ち。ともに受けた私立大学も思うような結果は得られませんでした。
 浪人生になってからは、周囲の浪人生の技量にとても憧れていたせいもあって、浪人出来ることへの喜びも少なからずありました。同時に、その喜びも手伝ってか、現役生の頃に引っかかっていたものがふと消えたような感触もありました。たぶん、現役という名前のブランドにかかる周囲の重圧から解かれたのも大きかったと思います。
そんな心境の私が、当時心に小さく決めたのは、「一年やりたいことや、やらなくてはいけない事をする」ということ、「評価を受け止めるが気にせず、自分がやりたいことが出来たかどうかを気にとめる」ということでした。現役生のころは、自分が好きな絵であったりやってみたいことはあったのに、何かに閉じこまって実行せずそのせいで後には後悔が残ったので、せっかく浪人するなら後悔を残したくないと思い、こう至りました。
そして藝大の試験をむかえます。

 先生方が手元に残っている絵が少ないとおっしゃられたのは、やはり一理あって、上記のように現役生のころは絵がいつも中途半端だっため、浪人中は日々の作品が一種の実験結果のようなものだったためであったからだと今感じています。
 注釈として、もちろん上記の事を完全に実行出来ていたことはありませんし、やけに落ち込む事もありました。しかし振り替えるとやはり、当時にそう思えたことがこういう結果に至れたのかなと感じています。ですが、結果論ですので断言出来ません。
 加えて、日々の指導もさることながら、体も強くなく休むことなど多々あった私を叱咤してくださった先生方、家族、友人の支えがなくては、今のような結果に導かれることはなかったと思います。本当にありがとうございました。

 これからは、周囲よりいささか経験不足なところもあると思いますので、より一層精進していきたいと思います。

 

昼間部 吉野 友理 1浪

 

多摩美術大学   日本画専攻 合格

武蔵野美術大学  日本画専攻 合格

東北芸術工科大学 日本画専攻 合格

 

大学受験というものと向き合って立美で過ごした3年間、殊に日本画科で過ごした2年間は私の今までの人生の中で最も躍動した時間でした。引っ込み思案で、困難を避けがちな自分が心に葛藤を生じたり、激しい喜怒哀楽に駆られる体験をするのは平素ではあり得ない…立美という美術予備校に通えたからこそだと思います。
日本画科には、強い憧れを持って入りました。活躍する作家さんの作品や受験作品を見て「なんて上手なんだろう」と感動したのがきっかけです。憧れは初めのうちは頑張りの原動力になりました。しかしそのうちそれは屈折した感情をも産んでしまったのです。「下手な自分が恥ずかしい。」こんな感情も、適度であれば上を目指すパワーになるかもしれません。しかし私のこの感情は日に日に強くなって行き…一時期は講評はおろか、制作中背後を人が通るだけでも金縛りのようになって描けなくなり、目に涙が浮かぶ様でした。
しかしそんな事態を、ある日救ってくれたのは自分本来の感情でした。「絵を描くのが好き。楽しい。」美術大学を目指す人なら誰でも持ち合わせているであろうこんな感情を、今更大事のようにここに書くのはおかしいかもしれません。しかし浪人の夏,自由制作の課題でそれを再認識した私にとってはものすごい大事だったのです。上手に描きたいと思う、でもそのために感情を殺してしまっては本末転倒。上手になる努力をするのは、描きたいものを描きたいように、描けるようになりたいから。そう思ってからは随分気持ちが楽になりました。


そんなおかげで入試本番もあまり緊張せずに望むことができました。私大はほとんど「型」を決めていたから、というのもありますが…。多摩美一日目デッサンの出題は予定の型にうまくおさまるモチーフでホッとしました。
しかし問題の2日目、着彩。試験室に入るとまさかの人物着彩でした。募集要項には持物:ナイフ、パネルと書いてあったのに(人物着彩の場合のみ、パネルは支給される)……「騙したな!!」
てっきり野菜類を手渡しされるものだと思っていた私は頭の中が真っ白…アクリルガッシュで誠実に描けばいい話ですが、実は私はアクリルガッシュが苦手で、立美での人物対策も画材との格闘だけで終わった感じでした。「人物だから」と割り切ったガッシュで描こうか、それとも手渡し着彩で予定していたように水彩絵具で描くか…一瞬迷いましたが間もなく決断することができました。「描きたいものを、描きたいように描く。今こそ本当にそれを実現する時だ !!白バックに水彩絵具で描く!」
制作はしかし前途多難でした。アクリルガッシュも苦手だけど白バックに水彩だって何回かやってうまくいった試しが無い。一応手渡し着彩で予定していた型らしくおさめてみたものの、モチーフ変われば品変わる(?)で描けど描けど人物が白バックに呑まれてしまって焦りました。自分の出せるあの手この手全てをぶつけて…
結果それまでで一番大変な私大制作になりましたが、それは間違いなくそれまでで一番楽しかったです。「これでいいのかな」ではなく「なんか出来上がったぞ!」とフィニッシュできたこと、人目を気にせず完全に没頭できたこと、30人部屋で1人だけ窓全開にして豪快にフキサチーフを恥ずかしくもなんともなかったこと…それがすごく嬉しかったです。

でも、上手ではないです。もっと上手になりたいと、強く思います。大学では予備校のようにデッサンや着彩の課題を出してくれるではなし、ボケッとしていては何も始まらないでしょう。常に向上心を持って好きなものたちを描いていけたらと思います。そう思わせてくれた立美生活、そして日本画の先生方にはものすごく感謝しています。
ありがとうございました。

昼間部 鈴木 将  1浪

武蔵野美術大学 日本画専攻 合格

 自分は現役生のときにムサビ・タマビに落ちまして(芸大は受け てません)、一年間拓殖大学というところで仮面浪人という形で勉 強してきました。
 拓殖大学の経営学部。美術とは全く関係ないですね。就職中堅校 なんて言われてるみたいですが、そんな大学に入ろうとやっぱり行きたいところに行けないのは悔しいし苦しいものでした。
実際あんな学校が就職中堅とか言われてるとか、それじゃあ日本が終わっていくわけですよ。あ、どうでもいい愚痴ですね。
でも、あんなところにいたくない、腐りたくない、沈んで行きたくない、こんなやつらと自分は違うんだ!!そう思いながら、毎日思いながら、拓殖大学の授業にほかの生徒よりもまじめに出席して、なるたけ授業を少なく取って、一日3時間は図書館に籠って英語の勉強をしていました(去年は英語のせいで落ちたようなものなので)。
ただただ心配なのは自分の一日に使える時間を大学と英語の勉強に取られて、絵を描く時間が全く取れていないことでした。自分が朝から大学で過ごしている時間というのは、浪人している人が自分の画力を洗練して研ぎ澄ましている時間ということ。時間がかかればかかるほど自分の画力は落ちていくのに、他の人は明確に上手くなっていく。実際自分と同じ代の浪人生は、ため息が出るくらい上手くなっていました。
仮面浪人中は、現役のときと同じで夏休みの間の8月と、10月から受験終わりまで塾に通いましたが、11月12月頃からですよ、半年くらいの経験の差というのは恐ろしいものだと思いました。歴然ですね。とてつもなく悔しかったです。でも経過した時間は取り戻せないし、自分がその人の画力を奪うこともできない。じゃあどうするのか。自分は必死こいて勉強してきたじゃないか。今も誰よりも勉強してるじゃないか!なら学科をできるだけ早く安心できる範囲まで持ってきて、絵を描くための時間を増やせばいいじゃないか!そんでもって筆の一筆一筆を経験にしていけば追いつくくらいいけるだろ!!
結局、勉強と絵とを両立するために受験の最後まで苦労していきましたが、うまいこと結果が出たと思っています。
それでも大学に入ってから数日思います、画力が足らない、画力が足らない……と。まだ自分の納得いく形には持ってこれていないです。芸大の学祭のときに見た、あの、実力の上に成り立った私大で感じたことのない力。あれにすごく憧れます。
なんというか自分の絵は下手なところを味っぽく見せようとしているというか、悪く見えないように悪いところを隠している。それがとても嫌いなので、これから「これがおれ!」「THE・おれ!」って言えるような自分らしさと、しっかりとした実力とをこね混ぜながら絵を創っていきたいです。いつかこれを読んでいる人に自分の作品が見てもらえるように。

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